2011-09-08

岡村ちゃんライブ参戦記 ㊤

9月7日、岡村ちゃんこと岡村靖幸のライブに行ってきた。


なんと記憶を辿ってみたら(高校野球みたいだが)
19年ぶり3回目だった。
そりゃあ私も35の中年になるわけだ!

実を言うとこのライブは、のっけからスルーをしていた。
今年は氷室も布袋もXも復活ライブをして、
まったくどれにも食指は動かなかったのだが、
寧ろそんな「あの頃の音楽復活話」が出るたびに
岡村ちゃんのことは強く気にはなっていた。

岡村ちゃんのことを語るときに、
ややもすれば生涯もう外せない枕詞となってしまった
「覚せい剤で3度の逮捕」という事実は
今でも体に突き刺さっりっぱなしで抜けない。
当たり前なのだが衝撃過ぎて笑えないのである。

3度目のニュースを聞いたのは、
シンガポールに住んでいたときだった。
そのときに書いたmixiの日記(2008年2月)を今読み返していた。
こんな感じだった。以下転載。

「岡村ちゃんが捕まってからというもの
連日youtubeで彼の曲を聴いています。
多分、今シンガポールで一番岡村ちゃん聞いてる人間が自分w
いやぁもう、なんかね、正直3度目でしょ?!
暇だから裁判傍聴の記事とか読んだけど、
すごく不器用な人なんだなぁと同情した。
でも覚せい剤はイクナイ!
ちゃんとリハビリセンターに収監して更生しなくちゃなぁ。

自分は岡村ちゃん実は好きで
実際に全盛期のDATE(ライブ)も行ったことがある。
91年だったか92年だったか。
パルコだったかなNKホールだったかな?
それすらも覚えてないw2回行ったんだっけか?
だけどチケット取るのがすごく大変で、
朝並んだなぁー渋谷のSeed館のセゾンにw
あの頃ってそこと渋谷の109の所のぴあが取れる確立が
高くてさw必死に並んだことは覚えとる!

で、並んでたら
いかにもゲイって感じのお兄さんが話しかけてきて
靖幸がいかにすごいか、
なんていうのを延々語っていたのを思い出す。
peach Xmas最高よね、とか言ってたなw

それにしても昔好きで眩しく輝いていた人が
衰退していくほど悲しく辛いことはない。
たまにちらっとカジヒデキのHP見るんだけど
全然変わってなくて安心するもんなぁw彼、40歳だよ?! 」

***
なんとなく異国で岡村ちゃんを聞くのはシンパシー倍増だった。
その上当時は自分自身のことでもの凄く悩んでいたのもあって
彼の曲はそのままシンガポールの思い出の一部となっている。

「寂しくて悲しくてつらい事ばかりならば 諦めて構わない 大事なことはそんなんじゃない」
「好きだといえないくせして子供みたいに死ぬほど言ってもらいたがってる」
「どーなっちゃてんだよ 人生頑張ってんだよ一生懸命って素敵そうじゃん」
「平凡な自分が本当は悲しい」

これらの歌詞は今も自分を鼓舞するときに使う呪文だ。
文章を扱う仕事に今就いているせいか、
まじまじと聞き返して歌詞を反芻すると
改めて彼の放つその言語力、文字選択のチョイスが白眉だなぁと
感じずにはいられない。


と、まぁウダウダ書いたが、
ライブに行くと決意したのは、実を言うと9月に入ってからで
ぶーしゃかLOOPを見て、ものすごく懐かしくなってしまい
思わずヤフオクで落札してしまったのだ。
ただ心は複雑だった。単純に復活オメ!というのではなくて・・・
キツイ言い方なのだが、
「生きてるうちに(あと1回)会いたい」
これに尽きる。

死んだらおしまいなのである。
灰になってからじゃだめなのである。
葬儀に参列するのが最後なのもいやなのである。

オーバードーズ寸前だったのかどうかはわからないが、
結局岡村ちゃんは生きている。
それだけでうれしい。
だから会いに行きたかった。

私は、岡村ちゃんは和製プリンスじゃなくて、
和製ブライアン・ウィルソンだと思っている。
ドラック中毒だったときに無理やりやらされたコントとか
うつろな誕生日会とか、見るのはキツイのだが、
結局今現在なんだかんだで奇跡の復活をしているよなぁ、と。
双方、複雑なコードを操りながら
美しい曲をたくさん紡ぎだしているよなぁと。

そんなことを考えながら新木場にドキドキしながら向かった。

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